サハロフの日記

哲学したいPの日記。

アガペーとは

「無償の愛」という言葉の響きが好きです。

アガペー」という言葉の響きも好きです。

聖書は新旧に関わらず読んだことはありませんが、高校の倫理で習ったこの言葉は強く印象に残っています。

しかし、言葉の響きだけが印象に残り、具体的に覚えていなかったので、ブログに書いて覚えようと思い至りました。

※以下は浜島書店の「最新図説 倫理」、清水書院の「高等学校 新倫理」を参考にしています。

 

アガペー(無償の愛)とは?

 


岡崎律子 AGAPE 至上の愛

 

アガペー(agape)とは、聖書で説かれる「愛」のことです。

キリスト教世界宗教へと発展していった、ひとつの要因だそうです。

アガペーは、人間が他者に与える愛とは異なります。

愛を与える主体は神であり、与えられるのは人間です。

善人も悪人もなく、全ての人間に対して無差別に、無償で与えられる絶対の愛

それがアガペーなのです。 

 

 神の愛・人間の愛

 

神が、人間に対してアガペーを与えることができるのは、神が完全な存在であり、我欲を離れているからだと説明がなされます。

そして、人間は不完全な存在であるとも。

三大欲求をはじめとして、人間は我欲から離れることは難しい存在です。

律法を守ることができない人間、罪を犯してしまう人間もいるでしょう。

そのことに異議を唱える人は少ないと思われます。

 

しかし、ここで私が気になるのは、「人間が他者に対してアガペーを与えることはできないのだろうか」ということです。

「神を愛すること」

「隣人を愛すること」

以上の二つを最高の立法としたイエスですが、「アガペーを与えること」という戒めは行いませんでした。

人間が愛することには、限界があるのでしょうか。

 

母親の愛

 

ここからは私個人の考えですが、「アガペー(無償の愛)」という言葉から受けるニュアンスが近いのは、「母親の愛」です。

私には、親は子に愛情を注ぎこんで育てるもの、という偏見があります。

そうした偏見のもとで考えると、より愛情を注ぎこむことができるのは、父親よりお腹を痛めた母親なのではないか、となるわけです。

(もちろん、父親の愛が劣ると言いたいわけではありません。)

私は母親ではないため、想像の域を出ることはありませんが、十カ月と十日あまり胎内にいて、そうして産まれた子には、無条件にたくさんの愛を注ぎ込めるのではないでしょうか。

 

しかし、前述の通り、人間は不完全な存在です。

「母親の愛」は「無償の愛」と近い部分はあるかもしれません。

しかし、「無差別の愛」とは違います。

母親として子を愛せたとしても、妻として夫を愛するのはまた別のこと。

つまりそれは、無償と並ぶアガペーの重要な要素、無差別が欠けていると判断することができますね。

この点から「母親の愛」は「アガペー」たりえないのでしょう。

 

おわりに

 

人間の愛について考えてみましたが、人間が「アガペー」を他者に与えるには、神のように完全な存在に近づく必要がありそうですね。 

なんだか言葉遊びのようになってしまいましたが、お許しください。

愛ってなんなんだ?

正義ってなんなんだ?

 

ウルトラマンコスモス テーマソング「Spirit」より

愛とは何か、己に問いかけることも必要だと思います。

次は正義について問いかけるのも、悪くないかもしれませんね。