サハロフの日記

哲学したいPの日記。

バークリーのはなし

今日はアイルランドの哲学者、バークリーのことを再確認しました。

自分なりに考えたことを、つらつら書いていきます。

※誤謬がある可能性もあります。

 

バークリーってどんな人?

バークリー(George Berkeley)は十八世紀の哲学者です。

フランシス=ベーコンが提唱した経験論を継承したとされています。

「事物が存在するとは、知覚されることである(esse est percipi)」と主張したことで知られています。

哲学らしい、というより翻訳された文章らしい言い回しですね。

 

例えば、私はパソコンでこの文章を打ちこんでいます。

パソコンの画面を見て、キーボードに触れているわけです。これらは、パソコンを知覚していると言うこともできますね。

そして、知覚されているパソコンは、確かに存在しているのです。

・・・あまりに当然のことですよね。

ここから換言して、知覚されていないものは存在することが不可能である、としたのがバークリーです。

 

存在するとは知覚されること

例えば、誰も中身を知らない箱があるとします。

箱の中を見ることも、中身に触ることも、重さを確かめることもできない人には、中身が存在するか否かは判断できませんよね。

知覚されていないから、中身が存在できない、ということになります。

 

中を見ることができれば、どんな見た目なのかが分かります。

中身に触ることができれば、どんな触感なのかが分かります。

重さを量ることができれば、どれくらいの重さなのかが分かります。

 

知覚することで、箱の中身の存在が認識できるのです。

シュレーディンガーの猫」という有名な思考実験がありますが、それとも繋がるような気がしますね。

 

バークリーの主張は、知覚されていない物体の存在を否定するものですが、同時に彼は神の存在も忘れてはいません。

およそ全ての人間が知覚していない物体もあるでしょう。

ただし、そうした物体でも神は知覚しており、ゆえに物体は確かに存在しているとバークリーは言います。

拍子抜けする話ですよね。

結局、造物主たる神は全ての物体を知覚しているので、存在しない物体はない、ということになってしまいます。

個人的にはあまりイメージが湧きませんが・・・。

 

倍音」について

話は変わりますが、音楽用語には「倍音」というものがあります。

※原理を説明できるほど詳しくないので、以下にWikipediaのURLを載せます。

倍音 - Wikipedia

簡単に言うなら「倍音が聞こえる」とは「そのとき鳴らしていない音が聞こえる」現象のことなのですが、古来合唱などでこれが起きたとき、そうした音は「天使の声」と表現されていたそうです。

ところで、倍音は万人に等しく聞こえるわけではありません。

合唱経験の長い先輩いわく、倍音を聞くには慣れが必要らしいです。

その先輩が「倍音が聞こえる」というときでも、素人の私にはピンとこないことが多々あります。もちろん、聞こえることもありますが。

 

この倍音、バークリーの主張とうまく合いそうですよね。

「音」は知覚されることと存在が直結しています。

聞きとることに慣れが必要な倍音は、その場にいる誰も聞こえなければ、まさしく存在していない音になります。

しかし、そんな音でも神は聞いておられるのでしょう。

「天使の声」と呼ばれているのも、偶然でしょうけども面白いですね。 

 

おわりに

さて、ここまで書いておいてなんですが、実は私、バークリーの著作を読んだわけではありません。あくまで倫理の資料集に書かれた内容と、先日の読書会で紹介されたことを自分なりに解釈してまとめただけです。

どうせならバークリー研究をされてる方に添削してもらいたいです。

個人的にバークリーの主張が面白いなと感じたからなので、これをきっかけにして著作を読んでみよう、という気も起きました。(たいてい実現には至りません)

 

余談ですが、私が使用していた倫理の資料集では、バークリーは、頁を四分割したうちの一つのスペースで紹介されていました。

ちなみに、フランシス=ベーコンは二頁、デカルトは三頁でした。

それと比較して四分の一頁というのは、資料集の製作者側が重要度が低いと考えたからなのでしょうか。

 

こうして哲学者や思想をまとめるのも、もっとやりたいですね。